大阪高等裁判所 平成3年(ラ)54号 決定 1991年3月29日
抗告人
株式会社フクトクリース
右代表者代表取締役
西澤一彦
右代理人弁護士
河合伸一
同
濱岡峰也
相手方
渡邉嘉男
主文
原決定を取消す。
本件を大阪地方裁判所に差戻す。
理由
1 本件抗告の趣旨と理由
本件抗告の趣旨と理由は、別紙に記載のとおりである。
2 当裁判所の判断
(一) 本件記録によれば、抗告人の本件債権差押命令申立は、民事執行法二二条五号所定の執行証書によってなされたものであるが、抗告人から債務名義として提出された原決定添付別紙請求債権目録記載の公正証書(以下「本件公正証書」という)は、請求債権につき、本旨条項第一条に、「昭和六一年五月二八日債権者株式会社フクトクリースと債務者渡邉嘉男及び連帯保証人杉本守、渡邉益良は別紙編綴の債務承認履行契約書記載の条項どおりの契約を締結した。」との記載があるだけで、そのほかには、本旨条項に請求債権についての記載はなく、右債務承認履行契約書(以下「本件契約書」という)の写しを別紙として添付し、執行証書としての具体的な給付請求権の内容については、すべてその記載を引用していること、右添付書面の記載は、行の配列も不揃いであり、行と行の境及び欄内と欄外を区別するための罫線(公証人法施行規則八条参照)がなく、接続すべき字行に空白のあるときは墨線で接続させる処置(同法三七条二項)もとられておらず、数量、年月日、番号の記載についても、「壱弍参拾」の字(同法三七条三項)を用いていないこと、等が認められる。
(二) しかし、公証人法四〇条は、公証人の作成する証書に、他の書面の引用及び添付を予定し、その場合は、添付の書面と証書の間に契印をするほか、その添付書面についても、同法三七条ないし三九条所定の証書作成の方式及び手続によるべきことを定めたうえで、その添付書面を公証人の作成した証書の一部と見做すものとしている。ところで、公正証書に、行と行の境及び欄内と欄外を区別するための罫線を引き、接続すべき行に空白のあるときは墨線で接続させる処置をとり、数量、年月日、番号の記載は、「壱弍参拾」の字を用いること等としている趣旨は、主として、公正証書作成後の改竄を防止するところにあると解せられるところ、本件記録によれば、本件公正証書に添付されている右添付書面は、大部分が不動文字で印刷されているほか、タイプや手書き等で書かれている部分も、その記載の場所、方法等に照らし、たやすく改竄することはできないものと認められるから、本件公正証書に添付された右添付書面の記載についての前記の如き瑕疵は、本件公正証書の執行証書としての効力を否定する程の重大な瑕疵とは解し難い。また、本件記録によれば、本件公正証書に添付されている右添付書面には、「債務者渡邉嘉男は、抗告人に対し、昭和六一年五月二八日付金銭消費貸借契約に基づき、借入金元本三〇〇〇万円及びこれに対する最終弁済日である昭和七六年五月二五日まで、年九パーセントの割合による利息、債務不履行の場合は年14.9パーセントの割合による損害金の各支払債務を負担していることを承認し、これを元利均等弁済として、昭和六一年六月二五日に二九万三七九九円、昭和六一年七月二五日から昭和七六年四月二五日まで各月二五日に各三〇万四二七九円宛、最終昭和七六年五月二五日に三〇万四四六〇円を支払い弁済するものとし、債務者が上記債務の履行を一回でも遅滞した場合、その他所定の事由が生じた場合には、当然に期限の利益を失い、直ちに上記債務を弁済する。」との債務承認及び一定額の金銭の支払いを約した旨記載されていること、そして、右添付書面と証書の間に公証人の契印がなされ、債務者渡邉嘉男が右債務の支払いを怠ったときは、直ちに強制執行に服する旨の記載のあること、等の事実が認められる。
そうとすれば、本件公正証書は、金銭の一定額の支払を目的とする請求権を表示しているものというべきであって、民事執行法二二条五号の執行証書としての基本的な要件を具備していると解すべきであるから、その添付書面の記載に前記のような瑕疵があるにしても、執行証書としての効力を有するものと解するのが相当である。
したがって、本件公正証書につき、民事執行法二二条五号の執行証書としての効力を有しないとして、本件差押命令の申立を却下した原決定は不当である。
(三) よって、原決定を取消したうえ、本件債権差押命令申立についての審理をするため、本件を原審の大阪地方裁判所に差戻すこととし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官後藤勇 裁判官高橋史朗 裁判官小原卓雄)
別紙抗告の趣旨
原決定を取り消し、抗告人申請の債権差押命令を発するとの裁判を求める。
抗告の理由
1 原決定は、本件執行証書は具体的な給付請求権の内容をすべて私署証書の複写を用いた添付書面に委ね、通常の公正証書に見られる罫線及び墨線の処置もとられておらず、公証人法三七条二項及び同四〇条の定める要件を満たしていないとして、執行証書としての効力を有しないとする。
2 確かに、本件執行証書が上記各条項に定めた方式を完全には満たしていないことは原決定のとおりである。
しかしながら、添付書面に罫線、接続墨線が引かれていないという方式違反のみをもって執行証書としての効力を有しないとまでいいうる程の重大な法規違反があるとはいえないことは、すでに裁判例において認められているところである(御庁昭和六〇年一二月四日付決定 判例時報一一九一号八九頁、御庁昭和六二年八月六日付決定判例時報一二五六号四八頁)。
本件執行証書の添付書面についてみれば、原本を複写したものであり、その作成後、記載文字が改ざんされたり、文字が挿入もしくは削除された形跡はない。また、本件執行証書は、全体としてみたとき、「債務者渡邉嘉男は抗告人に対し借入金債務金三〇〇〇万円及びこれに対する昭和六一年五月二八日から完済まで年9.0%の割合による利息金債務、並びにこれらの債務を履行しなかった場合には年14.6パーセントの割合による遅延損害金債務を負担していることを承認し、これを昭和六一年六月二五日に金二九万三七九九円、同年七月から昭和七六年四月まで毎月二五日限り金三〇万四二七九円、昭和七六年五月二五日限り金三〇万四四六〇円を支払う」旨の債務確認並びに弁済履行を約したことは明らかであり、全体として公証人の作成する執行証書としての効力を否定すべき程の重大な法規違反があるとは言えない。
3 およそ、公正証書が国民の間で深く信頼を得ているのは、その方式及び作成手続が極めて厳正に法定され、これが正確に履行されることによりその正当性が担保され、かつ執行力が付与されているだけでなく、資格が厳格に法定された公証人により作成されていることによるものであることは周知の事実である。
しかるに、原決定は、この点を看過し、抗告人が公証人法の規定を十分に知らなかった事実をもって、本件執行証書の効力を否定している。それにより、抗告人は、他の債権保全手段を採ることによる時間及び費用を負担させられるほか、その間における債務者の責任財産の減少という危険をも負うことになる。しかし、この結果は、上記事実を考慮すれば、あまりに抗告人に酷であり、公平を失するものといわねばならない。
また、原決定のように公証人法を厳格に解し、本件執行証書の執行力を否定することは、かえって公正証書そのものに対する国民の信頼を損ね、公証人法の立法趣旨に反するといわねばならない。
4 以上の理由により、原決定は不当であるので、抗告の趣旨記載の裁判を求める次第である。